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あいしかた

愛し方ってそうそう変われない。
表現の変化はつけられても
自分の愛し方 ほんとうは 誰に対して?

自分を愛するのか
誰かを愛する自分を愛するのか
自分より誰かを愛するのか
自分を誰かに愛してもらうために誰かを愛するのか
いったりきたり 川面の笹舟
 
 自分が好き?・・・


あるとき 飛び込んできた 彼に
こういわれて わたしは納得してしまいました

 これから ずっと あいしてる

   じゃなくて

 いままでも ずっとお前を あいしてた


わたしもきっと、いままで 
彼を愛するように かわりに誰かを…
本物が見つかってよかったと

今は心から 思うのです

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コメント

矛盾しますが。

私は自分を愛していますが、子供の頃からずっと自分を好きになれません。
なので何時も人に愛してもらいたかったです。

恥ずかしながら、結婚するまで人に何も与えられませんでした。

大人の振る舞いもしますが今も幼児性が抜けない自分が好きにはなれません。
結果として愛しかたと愛されかたを今更ながらやっと自覚できた気もしています。

投稿: てつ | 2010年12月10日 (金) 11時36分

てつさん 旦那様と似てますね。
彼は、小さな頃から、愛されているという経験が希薄でしたので、愛がよくわかってなかったと言っていました。

人によって、愛するがどういうものなのか、違うのだと思います。

好きと愛する事がイコールでない事が、矛盾というのであればそうかもしれないけれど、では、どの点が矛盾となるのかって考えました。

興味深いコメント、ありがとうございます。

一番に、「与える」という行為が、てつさんの「愛しかた」に深く関わっている事がわかりました。


私の愛する形と、てつさんの愛する形は、少し違っているかもしれません。
私の愛し方は、「ゆるす」ことでした。

あとで、ブログに書こうと思います。

私も、好きになれない部分を自分で抱えて持っています^^
矛盾や葛藤を抱えてるのも、人間だからと、許せるようになりたいと思っています。

投稿: 心葉 | 2010年12月10日 (金) 12時58分

てつさんが真ごころをこめて正直に書いて下さったので、僕も正直に書けそうな気がします。

しばらく考えました。

僕の心の奥にも、人にいつでも愛されたいという気持ちがありました。認めなければならないようです。
自分の趣味の話をしてすみませんが、走っているとそういう思いから離脱することができます。特に走るのってひとりですし。

ところでさっき訳し終えた歌なんですが、
「君には何もわかっちゃいない。
君以外の誰かを愛することが
いったいどういうことなのか」
というものでした。あらら~。

投稿: バルカローレ | 2010年12月10日 (金) 21時24分

バルカローレさん
人にいつでも愛されたい、というのは、自分が愛したい裏返しかもしれないですね。愛情を求める事は人間として自然な事だと思います。
安心して、愛情を向けられるかどうか、向けてもらえるかどうか、シーソーのようなもの・・人間ですから、片方だけというのはバランスよくないです^^

マラソンなど、フラットになれる手段を持っているというのは、恵まれてると思います。
男の人って、そうそう鎧を脱ぐ機会ってないと思うのです。脱がないという事は、それだけ社会性の発達した「男」らしい人ということになるのですが、そういう、「男の性」みたいな部分を、わたしは理解できる人になりたいなぁと思っています。

愛がテーマのものって、永遠に存在するのでしょうね、ちょうど同じような事考えてたとは面白いです

やっぱりノルウェーの森、見に行こうかなぁ

投稿: 心葉 | 2010年12月11日 (土) 11時20分

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