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震災後1年を経て

今日は、不整脈の診療に病院へ行って来ました。
先月2月17日の夜に2時間発作を起こして、薬がなかなか効かなくて、夜中旦那さまに車で送ってもらったものの、救急についたとたん薬が効いて収まったという・・経緯を踏まえ・・

大体1ヶ月に一回くらいの頻度、というのと、いずれ妊娠を考えているなら今の薬は使えないので根治を考えた方が良いと言うのと、局所麻酔で会話しながらのカテーテルというのと・・すぐの死ぬようなものじゃないし、というのと、いつでも手術は出来るし、5月は比較的空いてるかな、ということと・・・

・・ということで、また5月の連休明けに予約

すぐに手術じゃなくても、良いのかなって言うのが現段階での正直な気持ちだったりします。
会話しながら手術って、やっぱりちょっとコワイ根性なしですみません。。

私と言う人間は、決断したら早いのですが、時間がかかるときは思い切りかかったりします。

帰り道、カリフラワーを安く入手できたので・・今晩の食材に。
去年も旦那さまと「シロッコリー」なんて言いながら一緒に食べたのを思い出しますね。

昨日は、時刻に黙祷しようと心密かに思っていたのですが、仕事本当に忙しくて、帰り道に密かに黙祷。目の前のことに必死でいいんだよ〜って、言われてるような気がしました。

去年の3月11日14時46分、東日本大震災が起こり、
その時私は妊娠初期で(結局流産しましたが)
マンションの4階で壊れたものを掃除しながら旦那さまの帰りを待っていました。
1週間後、ようやく電話がつながり両親と話した時に
「あのまま(宮城県の多賀城市)に住んでなくてよかった」
と言われて、ぼんやりと「私は運が良かったのかもしれない?」でも
正直、運が良かったのかもしれないけれど、どこか・・後ろめたい気持ちが拭いきれずにいました。

以前夫だった人とは、彼本人の夢を、やっとものに出来たそのとき、離婚しました。向こうの方はやや未練があったようですが・・
二人で住んでたアパートから送り出して、彼は宮城県外に。
「私は彼を独り立ちさせるための、こういう役割だったのかな」と。
一緒にいることが、お互いの成長になるとは限りません。
このまま宮城県に住んでる意味はあるのかな?
いつでも、動けるように、身軽にしておかなくちゃ。身辺整理を始めて、色んなものを捨てて、、
今の旦那さまと恋愛関係に陥るまで時間は掛かりませんでした。
今までとは全く違ったタイプの男性で、私も、今の旦那さまと一緒にいることで見つけられた新しい自分が嬉しくて、自分にそぐっていて居心地が良い・・
以前の私から(宮城県に住んでいる自分から)抜け出して、私も、新しい人生を始めたい。そう思っていました。
今の旦那さまからのプロポーズがあってすぐ、私も躊躇なく付いてく決断をしました。
バタバタと支度をし、実家にも友人にも事後報告で、彼に付いて来たその行動力は、自分でもバイタリティがあったなぁと。

その、約半年後に震災が起こりました。

震災が起こった直後は、感情が動かなくなると言うのは本当で、
悲しいとか、コワいとか、そういうのより、
自分の知ってる人は生きているかどうか、が、最大関心ごとでした。

以前夫だった人は、名取の海が本当に目の前にある場所に実家がありました。
全て流されてしまったのは確実で・・生死もわからない状態。
気仙沼や石巻、仙台の友人はどうなんだろう。
大丈夫だろうかと思うことと、必要以上に心配しない、と言うことと、思考を行ったり来たりしながら
今、目の前にある自分の生活を生きること、とにかく過ぎ行く毎日に集中しようとしていたように思います。
嬉しいことや楽しいこと、そういうものは、そのまま感じて生きて行くことに罪はないはずで・・

後に、私の友人たちはみんな無事でしたし、幸運なことに仕事も大丈夫とのこと。前夫のご両親も、仮設住宅で生活をしていることがわかりました。
実際に、その地で被災され、命を失った方々の状況や、今もつらい生活を余儀なくされている方々には申し訳なく、とても自己中心的で、勝手な思いなのですが、とにかく私の知っている人たちが生きていてくれてよかった、心からそう思っています。

ネットの航空写真で、私が住んでいたアパートの10メートル足らずまで、津波で飲み込まれていたことを知りました。本当にちょっとだけ坂の上にあっただけだったのですが。
毎日通勤で駅まで通っていた川沿いの道。
逆流し氾濫した映像を、私はいまだに直視できません。
他の地域のテレビ映像は、見れるのですが、見覚えのある建物が映ったものが、いまだに駄目です。
もう少し時間が経ったら、、今の旦那さまと一緒なら、訪れることが出来るかもしれません。

以前の自分が、かの地で紡いでいた人生は、
何一つ無駄なことはなく、
必要だったから経験したことであったと、
自分の人生をしっかりと生きて、後悔のないようにすることが、一番の償いなのかな。
償いというか、あるべき姿勢というか、望ましい?
今の旦那さまと一緒にいられて本当にしあわせで、
彼が私を呼び寄せたそのタイミングは、私にとってだけではなく、
きっと、彼にとっても最善であったと。。
せっかく、生かされたわけですから、
彼と一緒に、前を向いて、残された時間、色んなことを感じながら、丁寧に生きて行こうと思います。

1年後の今日、読み返してみよう、この記事。
いったい何を反省してるかな。
自分への手紙のような物なので、コメントは閲覧のみの仕様にさせてくださいね^^
最後まで読んでくださっていた方がいらっしゃったなら、感謝の気持ちを・・
いつもありがとうございます

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